【水のように考える】基礎系科目の勉強法 Part1 〜 基礎は土台という罠 〜

「基礎系科目の勉強法はどうしたらよいですか?」

歯科国試の受験業界で仕事をしているとよく相談を受ける悩みの一つである。

他にも、「必修の勉強法」「領域Aの伸び悩み」といったものがあるがそれは追々。

まず、「基礎系科目の勉強法は?」という言葉には潜在的にさまざまな意味合いが含まれるので一度、整理したい。

① 臨床系も含めてあらゆる科目を攻略するような土台といった意味での基礎系科目

② 範囲が広いからどこを勉強したらいいかわかないという意味での基礎系科目

③ 上記の2つが複合している

今回は特に「①について」掘っていきたい。

というのもそれは相談をうける講師側にも問題があると思うからだ。

冒頭で断わっておきたいのが、今回は単なるエッセイ。科学的に裏付けされた内容ではないということを留意してほしい。

基礎系の勉強法とは?

前置きはさておき、そろそ本題へ。

「基礎系科目の勉強法は?」という問いに対して、自分ならこう答えたい。

「インタラクティブ(相互に作用)に学習していくもの」と。

いきなり何を言っているかわからないと思う。

「インタラクティブ」とは「双方向」や「相互」といった意味。

歯科といった文脈なら、基礎を勉強しては臨床へ、臨床を勉強しては基礎に戻ったりするということである。

臨床問題で必要な知識が出てきたら振り返って参照すればいい。

さらにいうと、間違いた問題やわからない問題、気になった箇所があったら戻って調べ直す。

そして、それを徹底して繰り返すというだけである。

「そんなの当たり前じゃん」と思うかもしれない。

しかし、人は不安や悩みの中にいると自分が聞いたことがある言葉やイメージしやすいもので解決しようとする。

読者の中にもこんなことを思ったことはないだろうか。

「基礎系科目=基本」と。

他にも「解剖が出来てないからね〜」とか謎のアドバイスを耳にするのは自分だけだろうか。

学習の基本ってなんだろう?

目にみえるのだろうか?

脳機能学者の人ですか?って自分は思ってしまう。

強いてアドバイスする状況になったら、解剖が出来てないではなく、厳密にいうと舌骨上筋群ができないという具体的なアドバイスが良いのではないだろうか。

基礎系科目が、勉強する順番や学問的な位置付けとしては正しいのは、まあ理解はできる。

しかし、卒業試験や国家試験のテストというシバリの中では疑問を感じざるおえない。

なぜなら、地図状舌の問題を解くときに舌乳頭の萎縮を考えたことなんて一度もない。

治療方針は経過観察の一択である。(当然、この例は大袈裟なのはわかるが)

それぐらいの学習鍛錬による反射的な感覚がなければ、試験を落ち着いて解くことなんてできない。

見直す時間も皆無である。

「基本が大事」という謎の言葉

基礎系という言葉からあらゆる物事の「土台」がよくイメージされる。

「基礎科目の先に臨床科目がある」「土台をしっかり勉強しないとダメですよ」なんてセリフ。

パターン化されたアドバイスである。

基礎から応用へ、そして、発展へというイメージ。一つ一つ階段をあがっていくような感覚。

イメージしやすいのはわかるが現実的にそんなことがありうるだろか。

人間は忘却に関しては「プロ」。

蓮根の穴のよう。

以前に勉強した内容なんて忘れている。暗記ではなく、理解だというセリフもあるが、その理解したことだって忘れている。

間違えては勉強し、勉強してはテストをする。

結局、記憶を確かなものにするのは、その繰り返しではないだろうか。そして、繰り返していくうちになんとなく全体がボヤッと形になっていく

全体が形になっているから細かく部分が問われても答えられる。

自分自身の体験、または、さまざまな学生をみて結局はそう感じてしまう。

基礎や発展といった優劣ではなくフラットなネットワークが作られていく

上の図でいうと、Aの知識が必要な場合に、ただ単にBとCの知識をくっついていないと取り出せないといったように。

例えば、過換気症候群の症状や病態を理解するためには、血中の酸塩基平衡やアミノ酸の電離平衡をしらなければならない。

しかし、化学を選考する人間でもない限りアミノ酸の電離平衡なんて日常で使わないから普通は忘れてしまう。また、歯学部の受験科目の場合は、化学をその内容まで扱わないこともある。

つまり、歯科学生の勉強の範囲内におけるアミノ酸の電離平衡という「基礎」は過換気症候群の存在があって初めて輝くのである。

過換気症候群がなければアミノ酸の電離平衡なんて勉強しないだろう。

物事はこのような相互に関係しあっているのではないだろうか。

一般的なことを言えば、「基礎」→「応用」かもしれないが、現実は「基礎」⇄「応用」。

行ったり戻ったりすることで全体として「基礎・応用」が完成するのではないだろうか。

「権威だけ」のアドバイスは無視

最後に、今回の記事はだれのためか。

具体的にいうと、成績が芳しくなく、大学の面談でよばれるような学生へ向けて書いた。(自分も成績が悪く何度も呼ばれたことがあるので余計に気持ちが入ってしまったが。)

毎回、あの面談が「謎」で仕方なかった。具体性がないテンプレート化されたアドバイス。受けるたびに嫌悪感しか覚えなかった。

結論からいうと、もし、面談で呼ばれても学習面では「まったく無視」してよいと思う。落ち込むことは一切しなくていい。

学習ということを本当の意味で理解しているのがどれくらいいるのか疑問だからだ。

大学の講師は教員免許はない。持っていたとしても、幼児教育と成人教育は異なる。さらに、成人教育が体系化し、成功していたら、日本全体で行政が働き化改革なんかするわけがない。

ただし、出席や実技に関しては単純に言うことは聞いた方がよい。出席は大学の制度のことであり、実技は技術だからだ。

あらゆることが相互に作用しあっている。歯の歯胚形成こそまさに外胚葉と中胚葉(古い言葉かもしれないが)との相互関係。

原因と結果、分類、類似、相似といったことはイメージしやすいが、果たして世の事象はそんなことだけで、片付くだろうか。

ありがたい言葉より、自分のことを観察し、課題をみつけ、解決していく

その、シンプルさこそが汎用性の高いノウハウではないだろうか。

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ABOUTこの記事をかいた人

上原 秀一

株式会社S.A.V.N代表取締役/Dental Youth 講師/歯科医師/歯科医師国家試験講師としてだけではなく小中高生に対しての指導も行う。哲学をはじめとして美術から自然科学まで幅広い見識は物事を新しい切り口で捉え直す。